Rooms & Dreams Interview with Asami Kuchio

“食卓を囲んで悦びをシェアしたい”
旅の街角の空気ただよう、
キッチン・ワンダーランド

東京・目黒区。閑静な住宅街のマンションの一室。扉を開くと、そこは世界のどこかの街角につながっているかのようなキッチン・ワンダーランド。ある時は、朝のトルコの屋台。またある時は、昼下がりのベトナムのカフェ。ディープな夜のモロッコのレストランなんて日もある。この異国情緒漂う部屋の主人は、料理研究家、口尾麻美さんだ。Amazighを主宰し、書籍や雑誌、料理教室などで旅からインスピレーションを受けた世界各国の家庭料理を紹介している。スパイスやお皿が積み上げられたキッチンカウンター。8人ほどで囲める木製のダイニングテーブル。旅のインスピレーションが詰まった壁一面の書棚。そして、部屋の至るところで目につく、たくさんのタジン鍋。この部屋で、さまざまなスパイスが加えられながら口尾さんの夢は、一体どんな風に調理されていくのだろう。

口尾麻美
口尾麻美/料理研究家・フォトエッセイスト
北海道生まれ。アパレル会社勤務後、イタリア料理店を経て現在に至る。旅で出会った料理、食材、スパイス、道具、雑貨、ライフスタイルが料理のエッセンス。各地の料理をその土地の食文化とともにカラフルなコーディネートで紹介する独自のスタイルが人気。著書に『モロッコで出会った街角レシピ』、『クスクスっておいしい! パリ&モロッコの旅と、とっておきのレシピ』(グラフィック社)など。 http://je-suis-amazigh.blogspot.jp/
キッチンがメインの部屋づくり ー分譲マンションをリノベーションされたのですね。 一度、スケルトンの状態にリセットしてからリンベーションしました。キッチンとダイニング、リビングも一つの空間にあって境目は特にないんです。中でも、キッチンがこの部屋のメインです。普通はキッチンって、ちょっと人目に付かないように隠しておきたいところかもしれないですけれど、私にとってキッチンはリビングなどのお部屋と同じ感覚なんです。実際、キッチンにいる時間が一番長いですし。ここで料理教室もしています。だから人目につくことを前提に、部屋感覚でインテリアも置いています。 ーなるほど。キッチンとダイニングの空間は、ちょっとしたお店のような雰囲気。ダイニングに壁一面の書棚というのもお洒落ですね。これもリノベーション時のアイデアですか?
リノベーションのコンセプトとしては”パリのアパルトマン“。自分流のスタイルに統一したくて。壁一面の書棚は絶対作りたいなと思っていました。キッチンを囲む梁を墨色に塗ってもらったのは、海外のカフェやレストランをイメージしています。 ー部屋の模様替えはよくするのですか? 旅によく出かけるので、旅先で見つけた気に入ったモノを持ち帰るのですが、気づいたらこうなっていた、という感じでしょうか(笑)。だから旅をするごとに、どんどん部屋の雰囲気は変わっていきます。たとえば、トルコから帰ってくると壁一面をターコイズブルーにしたくなるというように。ペンキで塗ってしまうと後で戻せなくなるので、マスキングテープなどを使ってうまく模様替えをしています。
口々にストーリーを語り出すインテリアのある空間 ー旅で得たインスピレーションが部屋に反映されるなんて素敵ですね。言われてみると、いろんな国のエッセンスが絶妙に入り混じっていて、その凝縮感に圧倒されます。 食器や調理器具などは海外で買い付けてくることが多いですね。モノが持つノスタルジックな空気感みたいなものに惹かれて、ついつい買い集めてしまって。最近のお気に入りは、このリトアニアの民族調のお皿。このちょっと怪しげな絵柄の小皿もトルコで見つけたものです。ベトナムの屋台でよく見かけるプラスチック製のお皿なんかもありますね。話せば尽きないほど、一つひとつに云われやエピソードがあります。
このキッチンカウンターは知り合いのアーティストが部屋の雰囲気に合わせて手づくりしてくれたものなのですが、いい味わいです。ダイニングテーブルも部屋の寸法にあわせて天板だけ切り出してもらい、脚は自分で付けました。既製品の家具では、なかなか部屋と予算の都合にぴったりくるものがなくて。家具に合わせて部屋をコーディネートするのではなく、部屋の空間に合わせて家具をコーディネートしていく感じでした。その方が空間にしっくり収まってくれるので。
旅先で出会うモノ・コト・ヒトの空気感まで伝えていきたい ー旅で出会ったモノ・コト・ヒトが、この部屋を通してお仕事に活かされているのですね。 私が好きな国の家庭料理って、昔からあるものをずっと変わらないスタイルで食べているんですよね。みんなで食卓を囲みながら家族団らんをしている。シンプルですが、今の日本には希薄になった、どこか懐かしい日本の原風景のような素朴さがあります。ただ料理の味や美味しさだけを伝えるのではなく、その食文化を含めた、食卓の風景や空気感まで伝えていきたと思っています。「こんな食べかたがあるんだ!」っていう発見とか。
だから料理教室でも、レシピだけじゃなくてこの部屋全体の空気感も感じてもらえたらいいなといつも思っています。部屋に来た方には、「居心地がいい。」「癒される。」と言っていただけます。決して広くはないので、8人も入るといっぱいですが、肩を寄せ合っての賑やかな雰囲気もまた、ひとつの空気感かもしれないですね。
世界を旅することになったきっかけは、タジン鍋 ー部屋のあちこちにタジン鍋がありますね。 実は初めて出版した本がモロッコのタジン鍋の本だったんです。海外の家庭料理を紹介するようになったきっかけでもあります。夫がモロッコに出張に行った時にタジン鍋の形をした小物入れを買ってきてくれたんです。ひと目見てタジンに魅了されてしまい、すぐに「タジン鍋の料理本を出したい!」って思って、2009年にタジンの本を出しました。その後もタジンは集め続けています。買ったり、もらったりしたものも含めて、今この部屋の中には50個ほどタジンがあるはずです(笑)。 ー今一番興味がある国はどこですか? トルコ、フランス、モロッコが好きでよく訪れる国なのですが、最近はリトアニアやジョージア(グルジア)ウズベキスタンなど東欧からコーカサス、中央アジアにかけての食文化に興味があります。さらに何度も通う国は地方へ足を伸ばし、まだ知らない郷土料理に出会いたいと考えています。
また、ベトナムやカンボジアをはじめ、アジアの国々は今とても勢いがあってそのパワーを感じにいろいろまわれたらと思って注目しています。
将来的には海外の人々に、日本の食文化、とくに地方の料理や食文化・歴史などを伝えていくのもやりたいことのひとつです。今、日本でもスーパーフードとか流行りの食材ってありますよね。でも、食材を文字通り食べているだけでは、本当に心と身体の栄養になるのかが疑問で。どんなふうに食べるのか、誰と食べるのか、そこに流れる空気、会話、食べるという行為全体を通して、人は心が満ちていくのだと考えています。
ひとりでは完結しない私の夢 ーこの部屋に集められたいろんな国の食文化や旅のエッセンスを、今後はどのような形で具現化していきたいと思っていますか? 将来は、お店やアトリエを開いたり、どこか地方の田舎でオーベルジュもやってみたいと思っています。この部屋にはいろんな国のエッセンスが一緒くたになってしまっているのですが、それぞれのコンセプトを軸にして独立させた空間づくりがしてみたいですね。この部屋は、夢のショーケースみたいなものです。 ー最後に、口尾さんにとっての部屋とは何ですか? この部屋には夢のカケラがたくさん集まっている感じ。だから、夢を想像して膨らませたり、夢のための準備をしたりする場所ですね。それと、ひとりの世界もいいけれど、やっぱり部屋に誰かを招いてこの世界観を共有するのが楽しい。料理って自分のためだけの楽しみではなくて、誰かに食べて、見て、感じてもらって、なにか言ってもらえるとうれしい。そんな風に食卓を囲んで悦びをシェアする場所かな。
photo /Toru Hiraiwa text/Miwa Ogata composition/iD inc.
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